ピアノで気付いた気楽さの大切さ

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高校の時、合唱コンクールでピアノ伴奏を担当することになりました。
私がピアノを習っていたのは小学生の頃、しかもお世辞にもうまいと言える出来ではありませんでした。
それなのに選ばれた理由は単純に、ホームルーム中に誰も立候補しなかった中で、「○○さんはピアノを習っていたよね?」と言われてその流れにみんなが乗っかったからです。

 

もっとうまい子もクラスにいるかもしれない、他のクラスはみんなうまい子を伴奏者に選んでいるかもしれない、といった不安が募りました。
実際、隣のクラスの伴奏者はとても上手な子でした。
それでも、選ばれたからには余程のことがない限りやり遂げる必要がある、と思い、練習しました。

 

最初のうちは弾けはしたものの、どこか物足りない気がしました。
間違っているところだとか、歌の音程のずれではない気がしました。
何が足りないんだろう、と不思議に思いました。

 

足りないものの正体に気づいたのは、本当に直前でした。
先生が「義務感から弾いているならやめた方がいい」と仰ったのです。
ベタですが、私はその言葉によって、自分が今まで『やり遂げる必要がある』という義務感から弾いていたことを実感しました。

 

正直、私は伴奏者を降りるか迷いました。
ですが、クラスのみんなの音はどんどん安定して、あと数日で歌を練習してそこに入ることはおそらくできない。
そういった思いから続けよう、と思いましたがそれは所詮義務感です。

 

勇気を出して指揮者の子に相談したら『なら明日の練習でみんなにあなたの悩みを話してみよう?』と提案されました。
彼女も最初は義務感だったこと、でもクラスのみんなと一緒にやりたいから、という思いにだんだん変わったと告白されました。
直前の練習時間をとるなんて、と思いましたが、彼女はその気でした。

 

そしていざ話してみると、みんな本当は合唱が好きだとは限らず、なんとなくやっている子も多いと言われ、私が悩みすぎていただけなんだ、と思わされて心がふっと軽くなりました。
本番の日、残念ながらクラス全員は揃いませんでした。
ですがピアノを弾きました。

 

「みんなでやりたい」と思いながら。
結果は、伴奏者賞は隣のクラスでしたが、クラス全体の賞は銀賞でした。
そのことをきっかけに、大きなことでもある程度の気楽さは大事なのだ、と気づきました。

 

これが私とピアノの思い出です。

 

 

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